ワールズエンド・サテライト

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『となりの関くん』5時限目レビュー

 「となりの関くん」5時限目を視て思ったこと。

  自由人(?)である筈の関くんとその営為を脅かす宇沢くんのウザさ、そしてそこから翻って確認される、横井さんの……なんて言うの、懐の深さと言うのか、なんだかんだで(なにか自分のすることを)許容してくれそうな、見守って(?)くれてるんだというような、そんな感じ。関くんも、これはきっと誰の隣でも自由にふるまえるってんではなくて、隣が横井さんだから、彼女の持ってるその受容的な雰囲気に甘えて、ああして遊べているんでないか(宇沢くんの隣ならするまい)。甘えって言っても「甘ったれた」みたいな意味のそれでなく、自分の行動に対する相手の或る対応を期待できるって感じの意味、ここだとなんだかんだで(楽しみつつ変に干渉もしないで)見守ってくれるでしょ、って感じの意味を込めての「甘え」、みたいな。
 まぁ要するに、横井さんに「母性」みたいなのを感じる、みたいな、そういうことを言いたかっただけである。横井さんは結局ノートを取れてなかったり先生に怒られてたりして、うまいこと中和されてるから、純粋な(いい意味での)それだけを求め得そうだっていうこちらの欲望も湧くんだけど、(本来「誰か人より優位にあるから」みたいな側面もあるであろう)「見守る」というおこないをしている横井さん、彼女はまぁ甘えたくなる雰囲気をしてるなぁ、と、まぁそういうことを思ったのだった。母性を感じるとか甘えたくなるとかいうのには他にも理由はあるけど、それはまぁ、ねぇ、絵を見たら判るでしょう、きっと。